■ 隠れ家のような「ワインバー・クリマ」
六本木の交差点を東京タワーの方へ向い、二百メートル、二本目の信号を右に曲がってすぐのビル。六本木の喧騒とは無縁の隠れ家のようなビルの地下にその店はあった。店の名は「ワインバー・クリマ」。
看板は横文字。それもハンドライティングのしゃれた文字で、静かに誘うかのような佇まいだ。
しんちゅうの黒い扉を開けて、シャンデリアのぶら下がった階段を下りると、大きなガラスのドラが開かれるのを待っている。
中で人の気配がする。若い女性がひとり忙しそうに動きまわっている。
ドアが開いて店内へ通される。オーナーはまだ来ていないみたいだ。個室のソファで待っていると、先ほどの若い女性が飲み物のグラスを持ってきて「はじめまして、島田です・・・」とあいさつ。
我が目を疑うほど驚く。
若い!何と清楚で、可愛いことだろう!
自分の勝手ではあるが、ワインバーのオーナーならというイメージを完全に覆されたのである。
■ 店の雰囲気にオーナーマダムの生きざまが・・・
ドアを開けると、右手の通路いっぱいに天井までワインセラーが設えてある。所蔵本数は裕に三千本を数えるそうだ。
ワインセラーの部屋に隣接する個室は十人くらいがテーブルを囲めるプライベートゾーン。シャンデリアの光が目に優しく、細長い額縁の絵が部屋に趣をそえている。
奥へ進むと手前左側にピアノが。時々、ライブも入るとか。右側にはカウンターが奥へ伸びてL字形に。店内の壁全面にワインの木箱が銘柄の文字やマークの部分を切り取って張りつけてある。壁の白茶色の他はすべて黒で統一。照明は間接照明で控え目。全体に落ち着いた中に野性味を漂わせている。
お店の雰囲気はオーナー経営者の人柄を表す場合が多い。「ワインバー・クリマ」の場合も、まさにその例に当てはまる。必要にして十分な店内の装飾。これなら、店の豪華な雰囲気に圧倒されることもない。落ち着いて自分のペースで上等のワインと料理を楽しめる。
自己主張を排除して、お客様の立場に立って店づくりをするとこうなるのだろう。必要以上に飾らない。自然で無理がない。それでいてスタイルがちゃんとある。
■ワインと「クリマ」文化の香りが・・・
ワインはブドウが持っている糖分を酵母という微生物の働きで発酵させ、アルコールに変えることによって生まれたもの。この醸造の過程でのできごとは、メカニカルで人工的な技術では不可能な、いのちの変換にも似た現象によるものである。
「ワイン造りは アートワーク
ワインは自然の恵みから造った芸術品!」
イタリアのアルゴ・バニエール氏の言葉を思い出した。
さて、島田美沙さんに、どうしてワインバーにしたのか、伺ってみた。
「なんといっても、ワインが好きだからでしょうか。
高校生のとき、カリフォルニアのナパヴァレーの近くに留学していて、あるワイナリーのお手伝いをして醸造の見学をしたのをきっかけなんです。大きなステンレスタンクとかで造るワインの製法を見て、農作物だと思っていたワインが、化学でもあるんだ……と感心してしまったんです。
なぜ好きかって?ワインは糖類が多く、それぞれ個性的な味があるんです。国により葡萄の種類により、収穫した年の気候により、芳醇といわれるその味にも微妙な違いがあるんですね。それに、ワインは生きて息をしているんですよ!」
確かにワインの栓はコルクで、通気性があり、呼吸しているんだそうだ。
「もうひとつ大切なのは、ワインはどこか『文化の香り』がすることでしょうか。」
やった!
ワインは文化の香りがすると美沙さんが口にした。それがどうしてそんなに大変なことなのか。
そのわけは「クリマ」という店の名前にあるのだ。「クリマ」とはフランス語(CLIMAT)で、「気候」「風土」を意味する。一方文化の語源カルチベイト(cultivate)には「耕す」「栽培する」という意味がある。「クリマ」と「カルチャア」とは深い関係があるのだ。
ちなみに、文化とは辞書によると「人間が自然との関わりの中で生み出した精神的・物質的所産の総称」と定義されている。美沙さんが、ワインを好きな理由としてあげた「固有の味わい」こそ文化の特質なのだ。
文化はその土地の気候や風土との関わりの中で生み出されるもの。だから文化には土の香りがする。自然の香りが漂うのだ。気候と風土こそ文化を生み出す母のような存在といえよう。
「人が人として生きているときに感じるもろもろの喜怒哀楽を、しみじみと発酵させる・・・『クリマ』はそんな店でありたいのです。何かしら『クリマ』らしい香りのする店・・・。」ワインバー・クリマ オーナー 島田美沙
引用書籍:『新しい社会を創る女性達』国際文化ビジネス協会